まほらの天秤 第7話 |
「成程、良く似ている」 夕食の席に招かれた僕は、にこやかな笑顔を向けられながら、そう言われた。 穏やかな表情と、人当たりよ良さそうな風貌、それでいてどこか頼りない。 間違いなく、オデュッセウスその人だった。 他にコーネリアとクロヴィスがテーブルについていた。 彼らの話だと、シュナイゼルは宰相となるべく政治の世界に深く関われるため都心にある別宅におり、ナナリーとシャルルもそこで暮らしているのだという。 ギネヴィア達は山の中の屋敷より海の見える場所がいいと、夏の間は南にある海辺の別荘にいるという。 都心に住む三人を自慢げに話す彼らに「つまり、皆さんには何も能力が無いからここにいるんですよね?」などとは口が裂けても言えなかった。 空気が読めと昔はよく言われたが、流石に数百年生きていればこの位は解る。 南の別荘に居るという兄弟たちは、あの時代同様穀潰しでしかないらしい。 唯一の例外はコーネリアか。 運動神経の塊らしい彼女は、第二皇女のように軍にと幼い頃から考えていたらしいが、危険すぎると政府がそれを許さず、此処に軟禁状態になっているらしい。 「所で枢木、お前は今どこで暮らしているのだ?」 姿の変わらない体のため、基本根無し草だ。 しかも今回は南から北への移動中だった。 コーネリアの問いかけに、僕は少し考えてから返事をした。 「実は、幼い頃からブリタニアに移住したいと考えていまして、日本の学校を卒業したのを機に、この国へ渡ってきました。暫くの間南の方にいたのですが、旧ペンドラゴン遺跡のあたりへ移ろうかと思い、移動していた所です」 嘗ての首都ペンドラゴンは、フレイヤにより修復できないほどのダメージを受けた。 そのため首都ペンドラゴンは南方の地で再建され、クレーターで抉られたあの場所は旧ペンドラゴン遺跡として保管されていた。 そしてそれを観光名所として発展した小さな町が遺跡近くにあるのだ。 同じくフレイヤが落とされたトウキョウ租界はその後埋め立てられ平地となったため、唯一のフレイヤ跡地として年間100万を超える観光客がやってくる。そういう観光地なら、多少長く住み着いていても、姿が変わらないことに誰も気づかないのだ。 「なら、丁度いいじゃないか。枢木、君もこの屋敷に住むといい」 オデュッセウスは、穏やかに微笑みながらそう提案した。 「そうだね、君はあの枢木卿の生まれ変わりの可能性もあるし、何より私は君とユーフェミアが共に居る姿を是非描きとめたいと思っている。明日からモデルになってはくれないか」 このクロヴィスもまた芸術面にひいでた才能を持っているらしい。 既に何度も大きな賞を取っているのだが、政治面にはあまり才能がないため政府の評価は低く、あまり重要視されていないらしい。 だが、下手に騒がれて創作活動の邪魔をされるよりいいと本人は思っているようだ。 「モデル、ですか?」 「はい、解りましたクロヴィス兄様」 記録としてこの姿を残すのには抵抗があるのだが、ユーフェミアは、満面の笑みで同意を返した。 それに、クロヴィスもまた満面の笑みで頷く。 これで明日から彼女と共にモデルになる事は決定したような物。 ここで拒否しても意味は無さそうだと、スザクは早々に諦めた。 それに、ブリタニアの奇跡がどのような物か深く知るためには、此処に滞在するのは悪くは無い。本当に神聖ブリタニア帝国の再建などという馬鹿なことを推し進めるようなら、ゼロとして阻止しなければならないのだから。 問題は不老不死である僕は、あまり長く此処には居られないという事だ。 そう、彼女とずっと共にいられないのだ。 数百年の時を生きて、初めてコードを引き継いだこの身を恨めしく思った。 ・・・どうして自分は不老不死なのだろう。 彼らのように生まれ変わり出会ったのなら、迷うことなく貴女を守ると誓えるのに。 貴女に仕え、貴女にこの命を捧げ、この生涯を終えると誓えるのに。 僕が唯一この命を賭けて守りたいと思った人はユーフェミアだけだから。 その時、再びつきんと胸が痛んだ。 事故の前では感じたことのない痛み。 なんだろう?まだ蘇生していない箇所があるのだろうか。 痛みはすぐに引いたし、命にかかわるものならコードが発動するはずだ。 だからすぐに痛みのことは忘れた。 食事を終え、オデュッセウスが演奏するピアノの曲に乗り、ユーフェミアとダンスを踊り、その姿をクロヴィスが手早く写生していく。 ギルフォードとダールトンを従えたコーネリアは、優しく微笑み、バトレーがせわしなく彼らの世話を焼く。 あの時代では考えられないほどの穏やかな時間が流れるこの場所に、僕は数百年ぶりの安らぎを覚えていた。 「スザク、とてもお上手です!」 一緒にステップを踏むユーフェミアは、嬉しそうに頬を染め、こちらを見上げた。 「いえ、ユーフェミア様の足を踏まないようにするだけで精一杯です」 そう笑い返すと、彼女は嘘ばっかり。とくすくす笑った。 不思議な物で、ダンスなど枢木スザクの名を捨てた後踊る機会はなかったのに、体は自然と流れるようなステップを踏み続けた。碌にダンスを知らなかった僕に、つきっきりで教えてくれたのはユーフェミア。彼女のおかげで、社交界に出ることの多いラウンズとなってからも恥をかく事はなかった。 彼女だけが僕の立場を案じ、僕が恥をかかないよう手を打ってくれていた。 彼女だけが、僕を見ていてくれた。 ・・・まただ、つきりと胸が痛む。 思わず首をかしげると、ユーフェミアは心配そうな顔を向けてきた。 何せ、目を覚ましたばかりなのである。 重症だった僕に無理をさせたのではないか。 そう心配しているのだ。 僕は何でもないという様に笑顔を彼女に向ける。 すると、安堵したかのように彼女も笑顔を返してくれた。 柔らかな髪がふわりと舞い、ピンク色のドレスが風をはらんで広がった。 『これから続く永劫の地獄の中で、もしお前に、この世界の全てを許せる時が訪れたのなら、お前の地獄は終わりを迎えるかもしれない』 魔女の言葉が脳裏に蘇る。 あれは、この事を予言した言葉だったのだろうか。 長い年月を生きると、過去に知りあった者の生まれ変わりに出会えると。 僕は彼女との夢のような一時を噛み締めるように、一歩また一歩ステップを踏んだ。 「スザク、スザク、どこですか?」 パタパタと走りながら私はその姿を探す。 いつもであれば、私の傍にいて、あの穏やかな笑みを向けてくれているはずなのに、彼はいつの間にか消えてしまっていた。 パタパタと、私は屋敷を出て庭へと躍り出た。 「何を慌てているのかなユーフェミア。レディが走り回るなど、はしたないよ」 声の方へ視線を向けると、庭の花々を描いていたのだろうか、庭に置かれたキャンバスを前に立っていたクロヴィスが、困った子だと言いたげな表情でこちらを見ていた。 「ですがクロヴィスお兄様、スザクがいなくなってしまったのです!」 普段であれば、こんな風に走ったりはしない。 それは知っているはずなのにと、私は頬を膨らませながら言った。 「いなくなった?最後に見たのはいつだね?」 必死な私の心が通じたのか、クロヴィスは真剣な表情で尋ねた。 傍に控えていたバトレーもまた、真剣な表情でこちらを見ている。 「20分も前です!」 私がそう言うと、クロヴィスとバトレーは、何故か一瞬ポカンと口を開けた状態で硬直し、次の瞬間噴き出した。 バトレーは流石に拙いと、こちらに背を向けてはいるが、肩が震えていて笑っていることは隠しきれていない。クロヴィスに至ってはお腹を抱えて大笑いをしている。 「な、酷いですお兄様!」 「いや、すまないユーフェミア。だが、たった20分なのだろう?枢木だってたまには一人になりたい時もあるんじゃないか?」 スザクが屋敷に来てからというもの、ユーフェミアは常にスザクの傍に居た。 朝食の席で顔を合わせ、夕食を終え各自の部屋へ戻るまでずっと一緒なのだ。 その事は知っていたが、たった20分傍から離れただけでこれだけ騒ぐとは。 仲がいいから一緒にいるのではなく、ユーフェミアが拘束していただけなのかな? 枢木は苦労をしているね。と、クロヴィスは声には出さなかったが、そう思った。 「そんな!スザクは私の騎士です。私の傍を勝手に離れるなんて・・・」 しかも20分も。 私には何も言わずに姿を消してしまった。 スザクはたまにふらりといなくなる。 何かを、あるいは誰かを探すかのように、屋敷内を歩き回り、庭を歩き回る。 「ユーフェミア。それは第三皇女であった慈愛の姫の話ではないのかね?私たちが皇族の生まれ変わりだとしても、記憶を持たない以上本人にはなれないのだよ。だから、私達がこの時代に生まれた別人だということを忘れてはいけない。いいかい?枢木に枢木卿のような騎士になれと押しつけてはいけないよ」 彼が枢木卿の生まれ変わりだとしても、君に従う義理など本来ないのだから。 そもそも彼は騎士ではない。 「そんな、押しつけてなど」 「それに、たった20分離れたからといって、走り回って自らの騎士を探すのが慈愛の姫のやることかな?」 大体、スザクには足となるバイクが無い。 事故車両として今も警察にあるのだ。 だから、彼が山深くにあるこの屋敷から外へ出て行くとは考えられない。となると、屋敷か庭をの何処かにいるのだ。 それなのに少し離れたからと言って走って探すのはおかしいだろう。 「それは・・・」 確かに皇女がすべき行動では無い。 ユーフェミアは眉尻を下げ、俯いた。 「ユーフェミア、君は少し枢木に迷惑をかけ・・・」 「スザク!!」 クロヴィスの言葉を遮る様にユーフェミアが明るい声で叫んだ。 彼女の視線の先には、ギルフォードと談笑しながら歩いてくるスザク。 先ほどのクロヴィスの注意など聞いていないかのように、ユーフェミアは走り出した。 「やれやれ。もう少し御淑やかにできないのかな、あの子は」 あまり拘束しすぎると、枢木に捨てられてしまうよ? クロヴィスは呆れたようにつぶやいた後、再び筆を動かし始めた。 |